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Sailing Stamper

Author:Sailing Stamper
主人と私と猫のももちゃんとオーストラリア在。
2009年4月より、44フィートのヨット「Blue Loon」号に引越し船上生活を始める。
同年7月にシドニーを出発し、QLD州Whitsundaysに向け北上。12月にシドニーに戻り引き続き南下。
2010年3月、東海岸の最南端港Edenに到着。4月、再度QLD週を目指し北上の旅第2弾を開始。
船上生活のかたわら、趣味の手作りグリーティングカード作成も継続。シドニー在住時には、マーケットで販売したり、カード作り教室、ワークショップなども開催。

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Two Peoples Bay - Bremer Bay-Esperance

2月25日(金)

午前4時30分、TwoPeoples Bay出発。このBayの名付け親はフランス人
Nicholas Baudinで、1803年に訪れた際、ここでアメリカの鯨船とであったことからです。2つの国から来た人々が出会った、というわけです。

オーストラリア人の間でもあまり知られていないようですが、西海岸や南海岸はもともとオランダ人やフランス人が先に探検しており、イギリスは出遅れていました。でも、貿易目当てで探検していたオランダ人は、西海岸の荒れた地を見てオーストラリアには興味を失ったのですが、フランスはイギリスへの対抗で海軍基地の候補としてオーストラリアを見ていました。それに負けじ、とイギリスが後から加わり、結局東海岸のシドニー湾を発見したことで、いちはやく植民地を開拓し、最終的にオーストラリアを物にしたわけです。なので、オーストラリア、というとキャプテンクックしか思い浮かばない人がほとんどだと思いますが、西海岸を航海するにつれて、それよりも200年近く前からヨーロッパ人(オランダ人が主)がオーストラリアと接触を始めていたという興味深い事実を学びました。Perth出身のマイクさんに聞いたのですが、西海岸でも、そのあたりの歴史は学校で教えていないそうです。
地理と歴史を同時に学べるので、子供たちにとってもおもしろい内容だと思うので残念です。
*Left Two Peoples Bay*
left two peoplesbay

今日は昨日よりも風は弱いのですが、方角的には、相変わらず私達が進みたい方から吹いてきます。昨日、たった20マイル弱の距離を8時間もかかってセール走行しましたが、今日向かうBremer Bayまでは80マイルほどなので、それほど余裕がありません。今日はずっとモーター走行で最短距離を走ることにしました。
*Motor Sailing today*
motor sailing
モーター走行はセールを心配することもタックをすることもないので気楽な分退屈でもあります。
順調に進み午前7時45分、20マイルほど先のBald Islandの横を通過しました。

11時ごろ突然無線ラジオからAlbanyのレスキューを呼ぶ声が聞こえてきました。全部聞き取れなかったのですが、どうもKing George Sound内をセーリングしていたヨットが一旦横倒しになり、そのためマストが折れたかなにかで走行が不可能になりコントロールを失った、というのです。急いでアンカーを出したが、岩場までたった10メートルしか離れていない距離に漂っているらしいのです。レスキューが急いで救助艇を手配し、そのヨットと交信しているのを、どきどきしながら聞いていました。
今朝はそれほど強風ではないと思いますが、どうもPrinces Royal Harbourに入った直後だったらしく、地形的にいって弾丸風にセールを捕られてしまったのでしょう。サイズ的にはあまり大きなヨットではないようです。
それから、5分ほどすると、レスキューの呼びかけに応答がなくなりました。大丈夫かなあと思って聞き入っていました。15分後、救助艇からレスキュー基地に、”ボート発見、救助した”という連絡があり、ほっとしました。怪我人などは出なかったようです。よかったよかった。

その後は何事もなく、退屈な時間がすぎていきました。時々ヘッドセールを少し出してスピードアップに努めました。1ノット弱はスピードが上がったようです。平均速度は6ノットぐらいなので悪くない進行状態です。
motor sailing

午後3時、あと18マイルほどでBremer Bayへの入港ポイントに着きます。
*Heading to Bremer Bay*
heading to bremerbay

午後4時50分、あと8マイルで入港のための方向転換ポイントに差し掛かかろうとしたとき、天気予報をチェックしていた主人が”また予報が変わって、予定より早く天気が崩れることになった。明日の午後からまたしばらく強風が続くらしいから、今日Bremerで泊まると、明日以降の走行が不快になるよ。このまま一挙にEsperanceに向かった方がいいと思う。”と言い出したのです。
今朝は早くから出発しており、オーバーナイト走行の心積もりもしていなかったので、一瞬”やだな~。休みたいな。”と思ったのですが、後のことを考えると主人の言うとおり一刻も早くEsperanceに行くのが得策です。
というわけで、Bremer Bayは通過することにしました。夕方になるにつれて、すでに思ったよりも風が上がってきて、波も立ち始めました。例のパンチングも時々始まり、あまり眠れそうにありませんでしたが、午後10時からのウォッチのため、夕食をすぐに済ませ、午後6時、船内に下りていきました。

motor sailing2

2月26日(土)

わたしのウォッチが午前2時に終わり、その後朝7時までの間ずっとかすかにパンチングしたときの、ドス-ンという振動を感じしていましたが、数時間は眠ったようでした。
昨日は曇りがちで夜も月が出るまで、視界がものすごく悪かったのですが、今朝はちょっとお日様が出ているようです。
getting sunny

wind coming ahead
途中、波に押されてスピードが5ノット以下に落ちることもありましたが、午後3時前にはUp Windが40度の角度になり(それまでは30度以下、つまりほぼ真正面から向かい風だったのです。)ヘッドセールをちょっぴり出したら6ノット以上のスピードになりました。
これで少し遅れを挽回できそうです。

午後4時55分、Figure Of Eight Islandに差し掛かりました。この少し前から波が大きくなっていたのでパンチングもひどくなっていたのですが、島の影を通過する間は少しだけ穏やかになります。この間にさらにスピードアップできるといいな。
Esperanceまでは、まだ15マイルちょっとあります。日が暮れるまでに到着するのは無理なようです。
*Passing Figure of Eight Island*
passing figure of eight islands

relaxing_20110228113429.jpg

passing figure of eight islands2

passing figure of eight islands3

sun going down

天気予報どおり、風は体感風速25ノットを越える強さになってきました。そのため、パンチングした時に大きくしぶきがあがり、船体を越えてコックピット内にも水が流れてきます。
*Getting rougher*
getting rougher2

Esperanceにはヨットクラブがあります。Albanyのタウンジェッティーに係留していた時、EsperanceからBusseltonに向かうレース艇2隻がひと晩、私達の前方に泊まりました。これからEsperanceに向かうことを主人が話すと、そのレース艇がいない間、彼らのジェッティーに私たちのヨットを泊めていいよ、と申し出てくれたんです。クルーのうちのDavidさんは”ぼくはヨットを運んだらすぐにEsperanceに戻るから、着く前に連絡して。”と言って別れたのです。

そのDavidさんに、電話が繋がった途端連絡しました。
予定到着時間が日没後なので、今晩は一旦湾内にあるヨットクラブのモーリンを使い、明日の朝ヨットクラブのジェッティーに移動した方がいいと教えてくれました。そしてヨットクラブにその日いるクラブの責任者に連絡してくれたので、その後は、その人と無線でやり取りをしました。モーリンのGPSを教えてもらったので、あとはそれに向かって進むのみです。
それまでは何もすることがないので、わたしは船内に戻りお昼ねをしました。
しばらくして、パンチングがおさまったのに気づき、外に出て行くと、周りにライトの明かりが見えました。EsperanceにはKalgoorile地方にある鉱山会社の積出港があり、そのための大型船舶航路が港内にあり、その中を走行していたのでした。やっと着いた!

夜間走行用のライトをつけていたので私たちが入港するのが見えたのでしょう、ヨットクラブから無線で
Davidさんから連絡が入りました。今晩クラブに来れるならみんなが集まっているので一杯やりませんか、とお誘いを受けたのですが、すでに午後7時を回っていたのと、ディンギーをおろすのに30分かかるため、今晩はお断りすることにしました。”でもトイレとかシャワーとか使いたいでしょう。”と親切に言ってくれました。何から何まで本当によく気が回るDavidさんです。

結局翌朝落ち着いたら、こちらからDavidさんに連絡し彼からクラブのジェッティーの場所を教えてもらい鍵も借りることになりました。

暗い中、モーリンを発見。しかしそれからもしばらくモーリンを引き上げるのに苦戦でした。モーリンのブイが重かったのと、引っ掛けるためのロープが海中に沈んでいたので、その重いモーリンを船上に引き上げてからすばやくその下のロープを引っ張り上げないといけません。
風が強いので、エンジンを止めるとすぐに流されてしまい、なかなかモーリンに近づけません。ちょっと離れえると暗くてモーリンがどこにあるのかわからなくなります。一回目にブイを引き上げたときは、船が流される強さに負けてモーリンを落とさないといけませんでした。
30分ぐらい格闘したでしょうか、ついに引っ張り上げ、主人を大声で呼びロープを引き上げてもらいました。間一髪、流され始める前にロープを船体のクリートに繋ぎました。ふ~、やっと係留できました。

時計をみたらすでに8時を回っていました。缶スープを温め軽く夕食を取った後、ぐっすり眠りにつきました。


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